アジア新風土記(89)マラッカ - 2024.11.15
日本航空・復活を問う
元パイロットの懐疑と証言
クレジットカード決済、コンビニ決済などはこちらから
1951年に創業した日本航空が、プロペラ機からジェット機へ移行していった時代、社内は一致団結の気風に満ち、「世界一安全な航空会社」の栄光を手にした。
だが、60年代半ば、暗黒の労務政策が始まり、組合は分裂させられ、対立・反目が社内を支配していく。あわせて、「利益第一」の経営が追求され、「安全」が置き去りにされる。
その結果、82年、「心身症」機長の「逆噴射」による羽田沖事故が起こり、85年にはついに空前の大事故(死者520人)御巣鷹山事故が起こる。
一昨年の倒産後、日航は国費投入と合理化により黒字に転化しているが、暗黒の労務政策は依然として続いている。それを克服しない限り、「社内の和」は回復されず、真の再生もあり得ないと、日航を愛する元機長がさまざまの体験的エピソードを通じて伝える。
著者はパイロットとして、旧日本軍のプロペラ戦闘機、航空自衛隊のジェット戦闘機、民間航空のプロペラ・ジェット旅客機を操縦した異色の経験を持つ大ベテラン機長。
御巣鷹山に墜落した事故機には、奇しくもその2カ月前、グアムへの航路で搭乗した。
その体験から、本書で、パイロット不在の事故調査委が出した結論とは異なる見解を示す。
2012年3月29日には、倒産後、黒字なのに整理解雇されたパイロットたちの、翌30日にはスチュワーデスたちの、東京地裁判決が出される。
再び話題を呼ぶ日航航空の、問題の本質を歴史的かつ具体的に内側から描いたものとして、本書が読まれることを望みたい。
Ⅰ 暗黒労務政策の始まり
日本航空の60年
小説「沈まぬ太陽」を生んだ手記
操縦室乗員組合誕生の頃
乗員組合の“栄光”の時代
“We are one”の意識を生んだジェット乗務手当の獲得
体験の違いが意識を決める
分裂の最初の兆候
日本航空暗黒労務政策の始まり
組合要求案をすり替える
谷脇執行部における支離滅裂
会社勤労部との決別
谷脇執行部の全面降伏
四人組のクーデターと懲戒解雇
組合からの機長全員脱退の陰謀
四人はなぜ首を切られなくてはならなかったのか
松尾社長を囲む朝食会で
大嵜委員長との対話
臨時組合大会前日の機長全員の招集
臨時組合大会(いわゆる分裂大会)
乗員組合抜き打ちスト事件判決
運航乗員組合(第二組合)の誕生
不正投票事件について
Ⅱ 日航「安全神話」崩壊への道
全日空に去ったグレートキャプテン
日航機サンフランシスコ着水事故
モーゼスレーク訓練所長の苦悩
小田切本部長の経営合理化哲学
パンナムの凋落
乗員と地上職の上手な協同について
威張り弁について
Ⅲ 私が見た腐敗の実態
社員が社員を接待する!
視察の名目でフロリダの娘に会いに来た整備本部長
銀座のクラブにて
Ⅳ 機長会で考えたこと
香港支店長との対談
全労(第二組合)幹部から受けた抗議
再軍備亡国論について
基本的人権と争議権
機長会選挙での投票依頼について
龍崎労務担当取締役との対話
変わりゆく機長会
片桐問題と機長たち
気骨ある機長の悲劇
精神の異常を生んだもの
Ⅴ 御巣鷹山事故についての体験的考察
再び日本航空の歩みを振り返って
試作ジャンボ機の試験飛行について
御巣鷹山への道
事故調査委員会が認定した事実
操縦室音声記録(CVR)
私が推定する事故の真の原因
大阪空港での修理作業についての事故調査報告書(抜粋)
アメリカ主導による御巣鷹山事故調査
キャリオーバー(整備持ち越し)について
遭難機内で書かれた遺書
四代目社長高木養根のこと
伊藤淳二副会長の就任と辞任
伊藤淳二会長と田中茂信取締役辞任の挨拶
Ⅵ 日本航空・真の再生のカギ
日本航空の倒産と産経新聞が指摘するその原因
逆転した日本航空と全日空の評価
倒産の要因――天下りによる放漫経営と航空行政
日本航空乗員の整理解雇
「整理解雇」が許される条件
「解雇の必要はなかった」――稲盛会長の発言
おわりに