アジア新風土記(42) 台湾統一地方選



著者紹介

津田 邦宏(つだ・くにひろ)

1946年東京生まれ。早稲田大学法学部卒業。72年、朝日新聞社入社。香港支局長、アジア総局長(バンコク)を務める。著書に『観光コースでない香港・マカオ』『私の台湾見聞記』『沖縄処分―台湾引揚者の悲哀』(以上、高文研)『香港返還』(杉山書店)などがある。



台湾の統一地方選が2022年11月26日、候補者の死去で延期となった嘉義市を除く21県市で行われた。蔡英文総統の与党・民進党は地盤の南部・高雄、台南市などで勝利したものの、北部の台北、桃園、基隆市などで敗れ、改選前の7県市首長を5県市に減らした。蔡総統は敗北の責任を取って党主席を辞任した。

4年に1度の総統選挙の中間年にあたる統一地方選は、台湾人の政治動向などが判断できる選挙といわれ、前回は野党・国民党が全体の7割近い15県市を押さえ、今回も13県市を確保した。
勝敗ラインを現状の維持としていた民進党は北部の主要市で軒並み敗退した。台北市は無所属で当選、民衆党を立ち上げた柯文哲市長が退いた後、民進党政権で歯科医からコロナ対策責任者に抜擢された陳時中・前衛生福利部長(厚生労働相)と国民党の蒋万安・前立法委員(国会議員)の一騎打ちになり、蒋介石元総統のひ孫としての知名度の高い蒋候補が圧勝した。

統一地方選は最近、「国政」に関する民意を推し量る選挙ではなくなりつつある。有権者の暮らしに直結する身近な問題により関心が集まり、地域事情に加えて「党より人」といった傾向が強くなっている。蔡総統誕生の大きな力となった若者層も台北から選挙権のある故郷に帰って投票する学生、海外からかけつける若者らは影を潜めて鈍かった。戦後38年続いた国民党政権下での戒厳令に苦しめられた人たちも民進党への過度の権力集中を避けたという指摘もある。

国の規模、人口など日本と台湾を一概に比較することはできないとはいえ、例えば日本の統一地方選で野党候補が優勢という選挙結果が出ても、そのことが直ちに国政に多大な影響を与えるわけでもない。国政選挙と地方選挙は別ということだろう。人々が「国」のトップも地元の首長も自由な投票で選出できるシステムが当たり前になっている台湾でも同じようなことが言えるのではないか。すでに成熟した民主社会になっていることの証左かもしれない。

今回の選挙では8月のペロシ米下院議長訪台、10月の中国共産党大会での「武力行使放棄を約束せず」表明などで緊迫化する中台関係は争点にならなかった。蔡総統は決起大会などで「台湾の民主主義を守る」と訴えて対中政策に焦点をあてたが、有権者は中台関係はすでに「国際問題」と考えているのではないか。台湾民意基金会による10月の世論調査での総統支持率は51.1パーセントと高かった。政党支持率でも民進党は33.5パーセントを獲得、国民党の18.6パーセントを引き離している。蔡氏は地方選は地方選と割り切って、今少し選挙戦に距離をおくスタンスをとるべきだったという見方もできる。


総統選は24年1月に予定されている。民進党は蔡総統が2期8年の任期を終え、後継候補は米国留学経験のある内科医で、台南市長、行政院長(首相)を歴任している頼清徳副総統が一歩リードしている。ただ、「独立」志向は蔡氏より強いとされるだけに、中台関係の一層の緊張を懸念する声も聞こえてくる。国民党の朱立倫主席はいまのところ有力な対抗馬はいないが、党内に決定的な力はない。16年総統選では蔡氏に惨敗している「過去」もあるだけに、不確定要素は多い。

地方選の勝利がそのまま総統選に結びつかないことは20年の総統選ではっきりした。直前の地方選は国民党が民進党支持者の多い高雄市長選で中国との協調を主張した韓国瑜氏が勝つなど予想以上の勝利を収めた。総統選でも優位とみられていたが、「韓国瑜ブーム」を親中路線への支持と見誤ったことと、19年の香港民主化運動に対する中国政府の対応が「嫌大陸感情」を引き起こして勢いを削がれる。再選は無理ともいわれた蔡英文総統と民進党はこの流れに乗って大勝に結びつけた。

国民党は次の総統選でも中国との関係をどう位置付けるかという難問を再び突き付けられることになる。前回に比べ、対中関係は一段と厳しくなり、米国との関係が緊密になればなるほど、中国の圧力が強まってくる。対中宥和政策に傾くような戦いを展開すれば民意は一気に離れていくことは、経験則から十分に承知しているだろう。

中国は「中国国内の地方選挙」という立場から従来、表立った論評を控えてきた。今回は26日夜、国務院台湾弁公室の朱鳳蓮報道官が「平和と安定を求める主流の民意の表れ」との談話を発表した。大勢判明直後という速さに、民進党の退潮を蔡総統の対中政策への批判とする見方を強める狙いが透けて見えた。談話は「我々は引き続き広範な台湾同胞と団結しながら両岸関係の平和と発展を推し進め・・」と続く。

「平和と発展の推進」とはなにか。同弁公室・馬暁光新聞局長の9月21日の発言が示唆を与える。馬氏は「台湾統一」後の統治体制について「台湾の現実、同胞の利益と感情を十分考慮する」「中国本土と異なる社会制度を持つことが可能」と語る一方で「国家の主権と安全、発展の利益が確保されていることが前提だ」とも述べた。

台湾の人たちは香港の一国二制度が「国家の主権などが確保されることが前提」によって瓦解したことを目の当たりにしている。党首脳部の意向を受けてのことだろうが、台湾側が反発するような具体性のある発言の意図はいま一つ不明だ。

台湾政府の対中政策を担当する大陸委員会は8月18日、中国と台湾の両岸関係に関する世論調査結果を発表する。中国が「台湾政府に友好的ではない」という回答が80.8パーセント、「台湾の人たちに友好的ではない」が66.6パーセントを占めた。20歳以上を対象に有効回答は1076人だった。中国軍がペロシ訪台に反応した台湾周辺での軍事演習直後であり、台湾政府による調査ということを考慮しても、相当に高い数字だ。「現状維持」の86.1パーセントは、多くの人たちは現在の両岸関係の変更を望んでいないことを表している。

23年の台湾は各党が総統選の候補者選考に凌ぎを削った後、一気に選挙戦へと突入する政治の1年となる。各種の世論調査が行われても、中台関係に関しては「民意の動向」が大きく変わることはないのではないか。

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