アジア新風土記(69)台湾総統選・民進党3期連続当選




著者紹介

津田 邦宏(つだ・くにひろ)

1946年東京生まれ。早稲田大学法学部卒業。72年、朝日新聞社入社。香港支局長、アジア総局長(バンコク)を務める。著書に『観光コースでない香港・マカオ』『私の台湾見聞記』『沖縄処分―台湾引揚者の悲哀』(以上、高文研)『香港返還』(杉山書店)などがある。






選挙戦最終日の頼候補(台北市、12日)(楊明珠氏撮影)







2024年1月13日の台湾総統選挙は、与党・民進党の頼清徳副総統(64)が558万票で当選、蔡英文総統の2期8年からさらに4年間、民進党政権が続くことになった。

得票率は40.05%。
4年前の蔡総統再選時の817万票、57.13%は大きく下回り、辛勝だった。

野党・国民党の侯友宜新北市長(66)は467万票、
民衆党の柯文哲前台北市長(64)は369万票だった。

有権者総数1954万人の71.86%、1404万人が投じた。
前回の投票率74.90%には及ばなかった。





24年5月に就任する新総統の前途は課題山積だ。

総統選と同時に行われた立法院・立法委員(国会議員、133議席)選挙では、
民進党は51議席と前回から10議席を失い、過半数確保に失敗した。

立法院第1党の座も民進党を1議席上回る52議席を得た国民党に譲った。
民衆党は4年前の5議席を8議席に伸ばし、第3党としてキャスティングボードを握る存在となった。
立法院は政権の提出した法案、条約の批准などを決定する権限を持つ。
少数与党の政権運営は不安定にならざるを得ない。


中国の反応も予測がつかない。
対中姿勢は蔡英文時代と大きく変ることはないとみられるが、貿易面での圧力は以前にも増して強くなってくるだろう。
中国市場に大きく依存している経済の立て直しは容易ではない。
米国との協調路線は11月の米大統領選が一つのかぎになる。

米国議会は22年夏の民主党ペロシ下院議長訪台など「台湾防衛」の意思を強める。
バイデン政権も23年8月に主権国家を対象とした対外軍事融資(FMF)を台湾に
初めて適用、8千万ドルの軍事援助を決定した。
次期大統領によって米国の動きに変化が起きるのかどうか。


民進党は1996年に総統直接選挙が始まってからの28年のうち16年間、
政権政党だった。
苦戦した一因には、長い間同党を支持してきた若者らの離反がある。
若い有権者らは民進党と国民党の二大政党が政治を動かしてきたスタイルからの変化を求め、その受け皿となった民衆党が大きく票を伸ばす結果になった。

蔡総統1期目に総統府副秘書長を務めた姚人多氏は

「若い世代は、台湾の存在や民主主義に対する自信を深める中で、『誰が総統になっても台湾が倒れることはない』と考えているのです」と語る。
(朝日新聞23年12月20日)

こうした気持ちを汲み取ることはなかなか難しかったのではないか。

若者らの現状を打破したいという思いに加えて経済の停滞、生活苦に対する有権者の不満は与党批判に結びつき、野党側には追い風のはずだった。

「国内問題」を中心とした選挙戦が最後まで続いていれば、あるいは与野党逆転が起きたかもしれない。


20年の総統選では香港の民主化運動への中国の強い締め付けが民進党支持者らの危機感を呼んだ。
今回はそのような「外的な要因」はさほどではなかったが、中国の存在がやはり与党を「後押し」したといえなくもない。

その第一は23年11月になって表面化した国民党と民衆党の統一候補擁立に向けた動きだったのではないか。

一本化工作は国民党の馬英九元総統が中心になって進められ、侯氏は終始脇役だった。


元総統は中国に近いとみられ、なによりも過去の政治家の登場に有権者が違和感を持ったのは否めない。

しかも元総統側近が直前に中国訪問した事実も明るみに出た。
中国の意向が働いていたのでは、という疑念が生じたとしても不思議ではなかった。

総統選序盤から中盤にかけては目立った話題のなかった中台関係は、この問題によって一挙に有力な争点となった。


加えて中国の選挙戦への「介入」ともとれる事件も目立ってきた。

中国は12月21日には台湾の化学品目12品目についての輸入関税優遇措置停止を表明する。
台湾政府は中国との友好促進を求める野党支援の狙いがあるとみる。

24年1月3日には台湾国防部が中国の気球4機が台湾の防空識別圏(ADIZ)に侵入、3機が台湾本島を横切ったと発表した。


国民党優位の世論調査を捏造した事犯も摘発され、中国側の関与が疑われた。

立候補に必要な約29万票の署名を集めた大手電機メーカー「鴻海」の郭台銘元会長(73)の突然の不出馬表明もある。
無所属で立てば国民党票が割れるとみられていたが、「鴻海」の中国での子会社が中国当局の税務調査を受けた後、立候補を見送った。

こうした事例がどこまで総統選に影響を与えたかはわからない。

ただ、台湾の多くの人たちはいま、中国が総統選挙に「介入」する理由はないとみているのではないか。

中国はあくまで「よその国」でしかなく、その国と統一すべきかどうかは「思考の範疇」にはない。

中国は毎回の総統選で、台湾海峡を挟んでの軍事的な威圧、硬軟両面での経済・貿易政策を続けているが、こうした台湾社会の「意識の変化」をどこまで理解しているのだろうか。

「統一」を念頭に置けば、無視して臨むしかないのか。




台湾を訪れたのは4年振りだった。

民進党と国民党に民衆党が加わった三つ巴の総統選は相当な盛り上がりを見せているのではと期待したが、予想外だった。

松山空港から市内中心部に向かった車からの眺めはいつも通りの変わらない台北の佇まいだった。


各候補の選挙事務所は人々の熱気にはほど遠く、わずかに投票2日前からの各党の総決起大会が「台湾の命運を」といった雰囲気を漂わせ、選挙戦らしい選挙戦の様相を見せる。

台湾全島からの支持者らの歓声は時間が経つほどに勢いを増し、主催者らが「いま12万人を超えた」「さらに増えて20万人以上になった」と声を張り上げると、会場を埋めた人たちが立ち上がって小旗、幟を振り、気勢を上げた。

賑やかさと喧噪の場もしかし、通りを一つ、二つと離れていくと、勝手知った普段着の街並みと人々の営みがあった。


民進党・頼候補の総決起大会(台北市、11日)



民進党の総決起大会に登壇した頼候補(台北市、11日)





国民党・侯候補の選挙事務所の大型スクリーン(新北市、11日)





民衆党・柯候補の選挙事務所(新北市、11日)









台北駅近くの投票所はビルの1階だった(13日)




台湾の総統選挙を何度も見てきた。回を重ねる度に、自分たちの投票が指導者を決めるといった誇り、自負みたいなものが影を潜めていくと感じる。静かになっていく。

台湾社会にとって民主的な選挙はすでに当たり前であり、アピールするほどのことでもないのかもしれない。

だれもが「普通の民主国家」であることを自明のものとして暮らしている、と改めて思った。









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