アジア新風土記(89)マラッカ - 2024.11.15
平頂山事件とは何だったのか
裁判が紡いだ日本と中国の市民のきずな
著者 | 平頂山事件訴訟弁護団 編 |
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ジャンル | 人文・歴史書 > 歴史 |
出版年月日 | 2008/08/15 |
ISBN | 9784874984093 |
判型・ページ数 | 4-6・192ページ |
定価 | 本体1,400円+税 |
在庫 | 在庫あり |
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1932年9月、突如日本軍により住民3千人余が虐殺された中国東北部・平頂山事件。その全容解明と謝罪・補償を求めて立ち上がった中国の生存者と日本人弁護士7人の記録!
1932年9月、中国東北部にあった平頂山集落で日本軍による虐殺があった。
事件の生存者3名が日本政府を提訴。日本の裁判所は3000人余の虐殺の事実は認めたが、裁判は敗訴。
10年の裁判を通して中国人原告と支援する日本の市民の間には、確かな絆が生まれた。
炭鉱の街・撫順
平頂山の街並み
平頂山事件の歴史的背景
満州事変と「満州国」建国
反満抗日闘争──撫順炭鉱攻撃事件
住民虐殺の謀議
虐殺の実行
今も改められていない日本政府の公式見解
第Ⅱ章 平頂山事件を生きのびた人々
最後の〝満月〟
突然の「訪問者」たち
虐殺の現場
隠し続ける生活
日本の敗戦と解放後の混乱
第Ⅲ章 手探りで始まった裁判──「国家無答責」の壁に挑む
幸存者と日本人弁護士との出会い
中国人戦争被害賠償請求事件弁護団の結成
平頂山事件弁護団の結成
初めての訪中調査──一九九七年一月
裁判を支える市民の運動
お金が無い! どうする二〇〇万円
莫徳勝さんの初来日と第一回口頭弁論
莫徳勝さんの意見陳述
通訳・藤井玲子さんの涙
平頂山事件についての資料がない! 研究者もいない!
第二回弁護団訪中調査──一九九七年一一月
莫徳勝さんが主催してくれた晩餐会
第三回訪中調査──一九九九年一一月
忘れられない旅
楊宝山さん、方素栄さんの初来日と原告本人尋問
最大の壁──国家無答責の法理
莫徳勝さんの本人尋問
初めて知った莫さんの気持ち
原爆資料館での莫さん
一審判決「国家無答責」で敗訴──二〇〇二年六月二八日
第Ⅳ章 信頼と和解──裁判が結びつけた人々の絆
「平頂山同胞殉難七〇周年公祭大会」への参加が転機に
控訴審の闘いへ
莫徳勝さん、渾身の訴え──二〇〇三年二月一七日
莫さんにとって、平頂山事件の解決とは何ですか?
莫徳勝さんのお見舞い
楊宝山さんの事件後の足跡をたどる
莫さんからの手紙
「除斥」の壁に挑む
社会科学院と平頂山紀念館の全面的な協力
井上意見書──歴史の中の平頂山事件
裁判提訴までの険しい道のり
ドキュメンタリー「未だ癒えぬ傷」の製作
方素栄さんの本人尋問と井上久士教授の証人尋問
七人の弁護士による最終弁論──二〇〇五年二月一八日
中国中央電視台が全国放送
「平頂山事件の解決」とは何か
もう一人の幸存者・楊玉芬さんとの出会い
撫順に裁判の「声援団」ができた
二審判決「国家無答責」で敗訴──二〇〇五年五月一三日
「最後の勝利は私たちにあると確信している」
莫徳勝さん逝く──二〇〇五年五月二三日
最高裁上告棄却──二〇〇六年五月一六日
日中市民による共同声明
「愛人主義」の勝利──あとがきにかえて
平頂山事件訴訟=関連年表