アジア新風土記(89)マラッカ - 2024.11.15
自分の弱さをいとおしむ
臨床教育学へのいざない
100点を取った時はほめられるけど、そうでない時のお母さんは…。
大人の望みどおり頑張れば愛してもらえるけれど、望み通りにいかない時は…。
失敗を恐れ、間違いを恐れ、〝弱い〟自分と向き合うことを恐れる子どもたち。子どもたちだけではない。「よい親」「よい先生」を強いられるこの社会の中で、いま多くの大人たちが、子どもたちと同じような強迫感を抱いている。
でも弱音を吐いたっていいんだよ! 泣いたっていいんだよ!
臨床教育学の第一人者が、子育て、教育に携わるすべての人々に心を込めて贈る珠玉の教育エッセー集!
悩むことは悪くない
ああ、雪だな……と歩む
心優しい人びとの悲しみ
第1話 自分の弱さをいとおしむ──「教育臨床」という仕事への第一歩
「痛み」を抱く人間はいとおしい
「弱さ」を恐れる子どもたち
はじめの第一歩
第2話 「よわね」をはいても大好きだよ──自分を愛する心(自己肯定感)を贈る
「浮き輪」のない「応援団」
ほめれば「自己肯定感」が育つのか?
はじめて「よわね」がはけたとき
泣いてもいいよ、泣いたら気持ちよくなるものね
小さな夢へ──絆を求めて泣く子ども
「けんか」はやめるもの?
「けんか」が絆をうみだすとき
閉ざすことで開こうとしている身体
第3話 「黒い幸太くん」と「白い幸太くん」──乖離に苦しむ子どもたち
悲しいトライアングル
幼い子どもへの心理操作
二重拘束に追いこむトリック
この草は何に使える?
「警戒警報」が鳴り響くとき
心で感じた世界へしみじみと触れる
心のスイカが割れる──乖離(解離)
「真の名」で呼んでほしい
第4話 しみじみ感じる心をはぐくむ──あかるさ強迫(躁的防衛)に苦しむ子ども
あかるいお返事ハイ?
元気はつらつの授業の悲しみ
ハイテンションで躁状態の休み時間
がんばって「普通」する中学生
なおさらにぎやかな愚かさ
第5話 あなたのとなりに「トトロ」はいますか?──響きあいつつ聴きとる身体へ
抱っこしてもしっくりこない
泣いてもだれも来てくれない
共存的他者はトトロとドラえもん
呼応の行き違いと支配的他者
第6話 子どもの「たからもの」が見えるとき──落ち着きのないあの子は“ADHD”?
ヤンチャクチャ坊主でも大好きだよ
ADHDへの無理解は「悪循環」に
衝動的で騒がしければADHD?
自尊感情をはぐくむ生活体験(学びあい)
アキオくんの「たからもの」が見えた!
第7話 親(おとな)もつらい激しい競争社会──傷ついた人びとの絆が未来をひらく
かさこじぞうの世界から
北海道のシチューのように
「よい子」でないと見捨てられる?
人材競争社会が「不安」を生むとき
効率主義、業績主義、成果主義
傷ついた人びとが未来を準備している
第8話 夢みる「ムーミン谷」の子どもたち──公的責任をたいせつにする福祉国家フィンランド
安心して「ありのままの自分」でいられる幸福
五年ぶりのフィンランド
普通の人々が主人公の社会
安心のある社会が「経済成長」を支える
給食はタダで食べ放題!
発達援助は「共同支援」が基本
小さな灯りに身を寄せ合うとき
第9話 ひとりで悩まない、ひとりで抱え込まない──「共依存」ではなく美しい人間愛へ
人情があつい美しい人
「幸福の王子」の悲劇
パニックの連鎖
心やさしい教師(援助者)の悲しみ
人間愛か、共依存(co-dependency)か
ヘルプ・ミー(助けて)と言えるとき
おずおずと語り合う「絆」から
第10話 子どもとのほどよい距離感覚──エンパワメントの発達援助学
子どもの悲しみは私の悲しみ
こんなに愛しているのに、なぜ……
父権温情主義の姿勢とまなざし
回復と発達の主人公は子ども自身である
子どもの「生命力」へのまなざし
自分の人生という物語の著者になるとき
悲しい子どもとのほどよい距離感覚
第11話 癒される心、励まされる心──聴きとり語り合う絆を「回復」するために
響きあわない身体の悲しみ
お腹がへった、お腹がへった
偉大な守護の樹(ユグドラシル)
自分の心と身体にしみじみと相談する
守りはぐくみあう絆の再生
物語共同体という「いろりばた」
おわりに