梅田正己のコラム【パンセ8】  歴史的会談の歴史的意味

歴史的会談の歴史的意味

     ――メディアの報道姿勢を問う



2018年6月12日、米朝首脳会談が行われた。


翌13日の各紙はもちろん大きく紙面を割いてその「成果」を報じた。しかしその報道は、一定の評価をしながらも、そろって具体性に欠けるとして留保をつけていた。


例えば、朝日3面の横の大見出しは「非核化 あいまい合意」

読売3―2面の同じく横見出し、「非核化 課題多く 北の姿勢 見極め」


日経3―2面の横見出し、「非核化 時間稼ぎ懸念 米朝敵対解消を演出」


 

社説もそろってそのことを指摘していた。

まず、朝日から。

「合意は画期的と言うには程遠い薄弱な内容だった」
「署名された共同声明をみる限りでは、米国が会談を急ぐ必要があったのか大いに疑問が残る」

さらには
「その軽々しさには驚かされるとともに深い不安を覚える」
「重要なのは明文化された行動計画である」

その「明確な期限を切った工程表」が示されてないから「会談の成果と呼ぶに値」しないというのである。

 

毎日の社説も同様の留保をつける。

「固い約束のようだが、懸念は大いに残る」
「そもそも北朝鮮がCIVD(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)に同意したかどうかもはっきりしない」

 


読売社説も、

「評価と批判が相半ばする結果だと言えよう」

としながらも、ホンネは批判の方に傾いているようだ。

「懸念されるのは、トランプ氏が記者会見で米韓軍事演習の中止や在韓米軍の将来の削減に言及したことだ。和平に前のめりなあまり、譲歩が過ぎるのではないか」

 


日経の社説も同様の論調だ。

「真に新たな歴史を刻んだとみなすのはまだ早い」
と言った上で、同じく米側の前のめりを批判する。

「米側はすでに(北朝鮮の)体制保証で譲歩を余儀なくされた。今秋の米中間選挙を控え、目先の成果を焦るトランプ政権の前のめりな姿勢を、北朝鮮が巧みに利用したといえなくもない」

 



以上のように、全国紙各紙は今回の米朝首脳会談について、できるだけその成果を割り引いて評価したいと見ているようだ。テレビにおいても、登場するコメンテーターの殆んどは同様の見方をしているように私には思われた。



 

では、両首脳が署名した共同声明を改めて見てみよう。
「非核化」に関する部分を見ると、こう書かれている。

 ――「トランプ大統領はDPRK(朝鮮民主主義人民共和国)に対して安全の保証(security guarantees)を提供することを約束し、金正恩委員長は朝鮮半島の完全な非核化(complete denuclearization)に向けた堅固で揺るぎない(firm and unwavering)決意を再確認した」


 ――「3 2018年4月27日の板門店宣言を再確認し、DPRKは朝鮮半島の完全な非核化(complete denuclearization)に向けて取り組むことを約束する」

 

各紙の社説も、テレビのコメンテーターたちも口をそろえて、CIVD(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)が具体的に述べられていないから非核化を信じるわけにはいかないという。

 つまり共同声明で2度にわたって明言されている「完全な非核化(complete denuclearization)」では不十分というわけだ。

 




しかし、すべての識者が指摘するように、CIVDは厖大かつ複雑な手間と時間がかかる。現有する核爆弾やミサイルを廃棄するほか、関連の研究施設や製造工場などインフラの解体、さらには開発に従事した科学者や技術者の処遇など、山積する問題をすべて処理しなければならないからだ。


それには、10年、20年の歳月を要するというのがおおかたの認識だ。


したがって、朝日社説がいうような「明確な期限を切った工程表」を示せという要求そのものが、現時点ではどだいあり得るはずがないのである。




両首脳は世界中が注視する中で、「完全な非核化」という言葉がくり返し記された共同声明に署名し、その実行を誓約した。



その誓約にもとづいて、これからその「工程表」が両国の専門家集団によって作成され、実行されてゆくのである。



 

今回の首脳会談にたどりつくまでには70年近い歴史過程がある。

その基底に横たわる最大の事実(事態)は米国と北朝鮮がいまなお潜在的な戦争状態にあるということだ。そのことを端的に示しているのが、毎年実施される米軍と韓国軍の合同軍事演習だ。仮想敵国はもちろん北朝鮮である。




テレビでよく見るその合同軍事演習の光景は、海岸での上陸作戦の演習である。想定されている海岸はどこの国の海岸か? 北朝鮮の日本海側の海岸であることはいうまでもない。

 





さて、こうした潜在的戦争状態にそなえて、北朝鮮は100万人の軍を維持してきた。人口2500万の国で、将兵として働き盛りの青壮年100万人を非生産的な軍隊の中に閉じ込めておくのがいかに過重な負担、損失であるか、考えてみるまでもない(ちなみに日本の自衛隊は人口1億2500万人に対して25万人)。


その上に長年にわたり国連の経済制裁を受けて、北朝鮮の経済的窮迫はいまやのっぴきならないところまで追いつめられている。人々の恐るべき飢餓線上の状況は、漏れ伝えられる報道でかいま見るとおりだ。

 



北朝鮮がこうした軍事的・経済的苦境から脱するためには、戦争状態の継続に終止符を打ち、国の全力をあげて経済復興にとりくむほかに道はない。


それには、米国・韓国と交渉して、現在の停戦協定を破棄し、新たに平和条約を結ぶしかない。そのため北朝鮮は一貫して米国に講和のための直接対話を呼びかけてきた。


しかし米国はそれに応じず、北朝鮮との対話を拒否し続けてきた。なぜか。

 

米国がその覇権主義的世界戦略を維持するためである。


第二次大戦以降、超大国・米国は、「世界の警察官」として振る舞ってきた。そのシェリフの地位を保持するためには、世界の要所、要所に軍事基地を確保し、そこに自国の軍を配置しておかなくてはならない。

そしてそのためには、常に軍事的緊張状態を保っておくことが必要だ。言いかえれば、常に仮想敵を設定しておく必要がある。


かつて冷戦時代には、ソ連が仮想敵だった。しかし1991年にソ連は消滅した。中国とは1970年代から国交を開き、今では緊密な経済協力関係にある。なにしろ中国は米国政府の発行する国債の最大の保有国なのだ。米国のドルの価値は中国の手ににぎられているとも言える。

 


では、冷戦後の北東アジアにおいて、軍事的緊張の震源として設定できるのはどこか?


いまだに潜在的戦争状態にある北朝鮮をおいて他にはない。この「北朝鮮の脅威」があるからこそ、米国は韓国に3万、日本に5万の米軍を配置しておくことができるのである。それも日韓両国に「感謝」されながら。

 


そういう国家戦略があって、米国は北朝鮮から停戦協定の廃棄とその平和条約への転換を求められながら、一貫してそれを拒否し続けてきた。


北朝鮮側としても、そのことはわかっている。したがって、たんに要求するだけで直接対話が実現できるとは思っていない。米国を対話のテーブルに引き寄せるには、物理的な力を誇示してせきたてるしかない。

 

そう考えて、北朝鮮は国民生活の窮迫を犠牲にしながら、また世界中から非難を浴び、制裁を受けながらも、核兵器とミサイルの開発に没頭してきたのである。核とミサイルの対象国は、だから、初めから米国以外に眼中になかった。

 

その核と大陸間弾道ミサイルを、北朝鮮は今ようやく手にすることができた(と米国に思わせる段階に至った)。


その結果、ついに米国大統領が――特異なキャラクターの持ち主に代わったということもあって――直接対話の場に登場してくれた。幸運にも、北朝鮮政治指導者の念願がついにかなったのである。

 


では一方、トランプ大統領の方はどうか。

だれもが指摘するとおり、この秋には中間選挙がひかえている、同大統領のコアな支持率は30%程度だという。そのむき出しの自国中心主義に対しては、良識層はこぞって批判的だ。イスラエルを除けば、国際的にも不評だ。


しかし人一倍名誉欲の旺盛なトランプ氏は、せっかくつかんだ超大国の最高指導者の地位をそう簡単に手放すわけにはいかない。

 

そこへ持ち上がったのが、北朝鮮との首脳会談だ。第二次大戦後の歴代大統領がだれ一人としてなし得なかった歴史的会談を実現し、うまくいけば6カ国協議では果たせなかった核問題を自分の手で解決できるかもしれない。ノーベル平和賞の声も聞こえてきた……。

 

 こうして、米朝両国の最高指導者の思惑と希望が合致し、今回のシンガポール会談が実現したのである。そしてそこで合意された最重要な議題が「完全な非核化」だった。

その合意事項の実現は、双方の利益に一致する。当然、その目的に向けて、これから手段が講じられていくはずだ。歓迎こそすれ、冷や水を浴びせる理由はない。

 

ジャーナリズムの第一の役割は、権力の監視である。その監視には、権力の悪行を暴き出し、批判することとともに、権力が行なった善行に対してはそれを評価し、称えることも含まれる。

 


 
今回の米朝首脳会談の成果については、それが北東アジアの最大の歴史的懸案事項解決への第一歩であることを評価して励まし、両首脳が移り気になって逆戻りしないよう国際世論による歯止めを構築してゆくのがジャーナリズムの役目でなければならない、と私は考える。


 

なお今回の首脳会談の成功から北東アジアの平和への道筋がつけられれば、日本にもただちに「平和の配当」がもたらされる。

 

まず、いま政府がすすめている弾道ミサイルに対する地上配備の迎撃ミサイル、イージス・アショア(1基、1000億円)の山口県と秋田県への設置は取りやめられる。どちらも北朝鮮のミサイルを前提にしているからだ。

 

 
また、いま沖縄の辺野古で、政府が沖縄の県民世論を無視して建設中の米海兵隊の飛行場と軍港を兼ね備えた一大軍事基地も必要がなくなる。沖縄に海兵隊を配備する理由として、政府と米軍は第二の朝鮮戦争への対処を挙げているからだ。しかしもはやその危機は去ろうとしている。

 

 
もう一つ、3年前、安倍政権は集団的自衛権の容認を閣議決定、それにもとづく安保関連法(いわゆる戦争法)を強行成立させた。

 
そのとき安倍首相が最大の根拠として挙げたのが「我が国を取り巻く安全保障環境の根本的な変容」だった。具体的には「北朝鮮の脅威」だ。


 
しかし、今回の首脳会談を手はじめに、朝鮮半島をめぐる情勢が「危機」から「平和」へとそれこそ根本的に変わってゆけば、大半の憲法学者から憲法違反を指摘されている安保関連法は無用となるはずだ。

 

 
ちょっと考えただけでも、米朝の敵対から和平への転換は、日本にも多大な「平和の配当」をもたらす。


 
にもかかわらず、この国の多くのメディアが、今回の米朝首脳会談の「成果」を割り引き、こき下ろすのに精を出しているように見える。



 
みなさんは、安倍政権と同様、やはり「北朝鮮の脅威」が持続してほしいのだろうか。(了)





 

SHARE シェアする

このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 高文研ツイッター

  • 日本ミツバチ巣箱

  • 紀伊國屋書店BookWebPro

  • 梅田正己のコラム【パンセ】《「建国の日」を考える》

  • アジアの本の会

  • アジアの本の会 ホームページ

  • 津田邦宏のアジア新風土記

  • 平和の棚の会

  • おきなわ百話